映画「ブリッジ・オブ・スパイ」

投稿者: | 2016-01-22

Bridge of Spies
公式サイト

トム・ハンクス主演のスパイ映画。スパイといっても、アクションやお色気などの華やかなシーンは一切ありません。1950年代に米国で諜報活動をしていたスパイが逮捕されて裁判にかけられ、その後別のスパイと身柄を交換される――というだけのお話。ですが、重厚な画面構成で飽きさせず、結末はわかっていたものの(実話が基になっているので)最後まで画面に引き付けられました。

スパイ、アベルを演じたマーク・ライランスの存在感も光っていました。映画よりも主に舞台で活躍している俳優さんだそうです。作中のアベルの台詞に繰り返し出て来た「不屈の男」、ロシア語ではたしか「стойкий мужик(ストイキー・ムジーク)」と言っていたと思います。

以下、ネタバレありの感想です。

ストーリーは大きく分けて二部構成。前半が逮捕されたスパイ、アベルの裁判シーン。トム・ハンクス演じる弁護士ドノヴァンが弁護人に就任します。自宅の捜索令状がなかったことを根拠に証拠の排除を求めますが、認められず有罪判決。最高裁まで上訴しますがやはり認められず。ただし最高裁では意見が分かれ、結局5対4の僅差となりました。この時代、最高裁の首席判事はアール・ウォーレン。当初は保守派とみられていましたが、最高裁に就任した後は政府の期待を裏切って(?)リベラルな判決を連発したことで知られています。しかしリベラルなウォーレン・コートでもやはり――というか、ウォーレン・コートだからこそ僅差まで行ったということなのかもしれません。

こうしてアベルは有罪になりましたが、ドノヴァンが地裁の判事に対して「生かしておけば後で取引材料に使えるかもしれませんよ」と非公式にもちかけていたおかげで死刑は免れ、30年の収監という判決になりました。この当時、レッドパージ騒動はもう収束していた頃でしょうか。台詞でちらっと言及されていたと思いますが、原爆製造に関する機密情報を売ったという罪でローゼンバーグ夫妻が処刑されたのは1953年のことでした。

ドノヴァンが判事を説得する場面で、彼が保険事件を担当する弁護士だったという設定が生きてくるわけですが、現実のドノヴァンさんは戦略諜報局(CIAの前身)の法律顧問をしていたこともあり、もともと軍事・諜報分野の専門家だったようです。

後半では逆に米国のスパイ機がソ連領域内に墜落し、逮捕されたパイロットが服役中のアベルと交換されることになり、その交渉役にドノヴァンが任命されます。交渉の場となったベルリンでは、東西を区切る「壁」の建設中。冷戦の時代を象徴するような、降りしきる雪と灰色の暗いトーンでまとめられた画面が印象的です。昨年見た「顔のないヒトラーたち」も同じ時代だったはずですが、フランクフルトが「戦後」の復興を謳歌していたのに対して、ベルリンは冷戦まっただ中という感じが強いですね。

ここで、米国からの留学生がスパイ容疑で逮捕されていたことがわかり、ドノヴァンは身柄交換をソ連と交渉しつつ、その陰で東独とも交渉して学生を解放させようとします。つまり、ソ連はパイロットとアベル、東独は学生とアベルをそれぞれ交換したことにすれば良い、というわけです。ドノヴァン以外の人々は1対1での交換しか頭にないわけで、当然お怒り。交渉は決裂しかけますが、ドノヴァンはあきらめず、東独側を説得して(というか脅して)パイロットと学生両方の奪還に成功します。

交渉中に東独の偉い人が学生のことを「innocent(無実)」と言ったことに少々驚きました。スパイ容疑のかかったパイロットより、イノセントで未来のある学生を取り戻した方が良いんじゃないか、というような文脈だったと思いますが、実際にイノセントという認識だったのでしょうか。その学生は確かスパイ容疑で逮捕されていたはずですが、イノセントであるなら、そもそも勾留する根拠を欠いてしまうのでは?

実をいうとこの場面で、「学生の方は、ここでイノセントという言質を取って一発逆転で奪還するのか!?」と思ったのですが、どうもそれは法廷ドラマの見すぎだったようです。

全体的な印象として、50年代を思わせる雰囲気があったと思いましたが(知らない時代ですけど)、IMDbでトリビアを見てみると、細かいGoofがざくさく……。その時代になかったものが映っているとか、ロケーション撮影ではある程度仕方ないものもあるのでしょうが、法廷場面の合衆国国旗が間違っている(その当時は星の数が少ない)などというのはちょっとアカンのではないかと思ってしまいました。DVDが出たら「答え合わせ」したくなりそうです。

原作というか、この事件についてのノンフィクションはありますが、どうやら翻訳は出ていない模様。こういうの、翻訳するなら映画の公開に合わせて出しますよね?普通は。映画はとっくに公開されているのにまだ出ていないということは、翻訳版の出版予定はない、ということかもしれません。

Bridge of Spies

著者/訳者:Giles Whittell

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