映画「ヒトラーへの285枚の葉書」

投稿者: | 2017-07-29

久しぶりに映画を見ました。第2次大戦中のドイツで、ヒトラーとナチス政権に対してささやかな抵抗を試みた夫婦の物語。実際にあった事件を基にして書かれた『ベルリンに一人死す』という小説を原作としています。


http://hitler-hagaki-movie.com/

原作↓

『ベルリンに一人死す』

※以下、映画と原作両方に関するネタバレ記述があります。

物語は、ある若い兵士が戦死する場面から始まります。これが主人公クヴァンゲル夫妻の一人息子。

息子の訃報を受けた夫妻は「総統は私の息子を殺した。あなたの息子も殺すだろう」というメッセージを葉書にしたため、街中にこっそり放置するという抵抗運動を始めます。言動がガチガチに統制されていた時代に、棺桶の製造工場で職工長としてコツコツと働くだけだった中年男性とその妻が試みた、ささやかすぎる抵抗活動。

当時の人びとの暮らし、生活の隅々まで監視されているような息苦しさ、コツコツと葉書を書き続ける夫妻の悲しみと使命感のような気持ちが静かな画面から伝わり、その世界に引き込まれました。

あまりに地味すぎるし効率も悪そうだし、いくら気をつけていても目撃される危険はあるし、抵抗運動として有効だとは正直あまり思えません(実際、葉書を拾った人の大半は最後まで読みもせず通報している)。しかし、その「地味すぎ」加減というか素人くささが、それまで政治活動にいっさい加わっていなかった工場労働者(木工職人)である主人公の姿にリアリティを与えているように思います。というか現実にあった事件なので当然だといえばそうなのですが。

しかし考えてみると、今でいう「うっかり」に近いかもしれませんね……。

映画を見る前にまず原作から、ということで読んでみました。600ページ超え、かつ二段組みというボリュームでしたが、思ったより読みやすく、さくさくと読めてしまいました。事情により(後述)途中まで読んだところで映画を観賞することになりましたが、この抵抗運動が実を結ばなかったことは歴史上明らかなので、特にネタバレ感はありませんでした。

ベルリンに一人死す

著者/訳者:ハンス・ファラダ

出版社:みすず書房( 2014-11-21 )

定価:

Amazon価格:¥ 4,860

単行本 ( 616 ページ )

ISBN-10 : 4622077035

ISBN-13 : 9784622077039


原作との違いとして、まず登場人物がかなり減らされています。これは映画の「尺」の問題で仕方ないでしょう。とにかく、あのボリュームですから。息子の婚約者とその周辺の人物がまるまる削られている他、主人公以外の人物描写もかなり省略されています。

原作は全体を通じて群像劇のようになっており、語りというか地の文章は「神の視点」です。短い単位で何度も視点が変わり、その人の境遇から内面までが詳細に語られ、さらに「ここでクヴァンゲルは知る由もなかったが、その時同じアパート内ではこういうことが起きていた」みたいな感じの(そう言ってるあなたは誰?)解説的な記述が入るので、最初のうちはちょっと違和感があったものの、読み進めていくうちに気にならなくなりました。

そのせいか序盤の方では、主人公であるはずのクヴァンゲル夫妻の印象があまり強くありませんでした。むしろその周辺にいる、ちょっと悪い奴、女たらしのイヤな男の方が生き生きとして面白い。これはクヴァンゲル夫妻が善良で実直で、現実の隣人ならともかく小説のキャラとしては少々面白みに欠けていたせいかもしれません。

クヴァンゲル夫妻の存在が光ってくるのは、葉書の置き去りを始めて、危険な局面を何度もくぐり抜けるようになってからですね。

特に、公判から収監、処刑までの場面が面白かったと思います。なので、このあたりの話が映画で省略されていたのが残念。残酷な場面が多いので、映像化されていたらちょっと見るのが辛いだろうなと思うことも確かなのですが。

同じアパートに、フロムという元判事が住んでいましたが、このフロム氏と、オットー・クヴァンゲルと同じ房に収監されていた音楽家、この2人のインテリ男性が主人公の精神的な導き手のような役割を果たすところが面白かったのですよね。これは著者ハンス・ファラダ自身のお父さん(たしか法律家だったはず)の姿が重ねられているのでしょうか。

また、クヴァンゲル夫妻に息子の戦士の通知を届けに来るエヴァ・クルーゲという配達係がいるのですが、この女性が原作ではもっと存在感があります。郵便の配達をしているので、アパートの住人ほぼ全員と接触があり、郵便というメディアを通じて人々を結び付けるような役割を果たしているのです。途中で誤認逮捕されるエンノはエヴァの夫であり、そこを通じて描かれる人物関係もあります。

原作小説はエヴァが郵便を届ける場面で始まり、エンノと別れて田舎に移り住んだエヴァが家出少年を引き取り、その少年が実父と決別する場面で終わります。つまり始まりと終わりの両端にエヴァが関わっている。これが映画では、夫妻の息子が戦死する場面が冒頭に挿入され、夫妻が処刑される(という明確な描写はありませんが、ギロチンが重々しく映される)場面で終わるという構成に変えられており、完全にクヴァンゲル一家の物語になっているのです。

逆に原作になかった部分は、ゲシュタポのエッシェリヒ警部が自殺する時に、窓から葉書をばらまくという場面。ここはひじょうに映画的というか印象的だった場面なのですが、同時に「あり得ないだろう」と感じさせる幻想的な要素にあふれていました。警部が死に際に見た幻、あるいは心象風景と解釈すべきでしょうか。

さて、なぜ原作を読みかけのタイミングで見に行ったかというと、初日に有楽町のヒューマントラストシネマで短いトークショーがあったからなのでした。

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登壇はタレントの松尾貴史さんと弁護士の宇都宮健児さんです(上の写真2枚目)。このお二人だから……ということで予想はできましたが、やはり現在の日本の状況を重ね合わせて語るという内容が多かったように思います。もっとも、トークショーは「10:50の回の上映後」と「13:05の回の上映前」の2回あって、私が聞いたのは「上映前」の方だったので、内容に踏み込めないという事情もあったのでしょう。

それにしても最近、ヒトラー/ナチス関連の映画、本当に多いですね。来月からも「ハイドリヒを撃て!」というのが始まるはずなので、これも原作を読んでおこうかな。

※すいません! 下記の『HHhH』は「ハイドリヒを撃て!」の原作ではありません。同じハイドリヒ暗殺事件を扱っており、かつ『HHhH』も映画化されているので混同してしまっていましたが、この2つは別の作品でした! 『HHhH』の映画版は日本公開未定だそうです(2017年8月現在)。