『怖い絵』単行本と文庫本の比較

投稿者: | 2017-12-07

前回からの流れで、今回は本の方の『怖い絵』シリーズについてまとめてみようと思います。

展覧会の関連本としては『怖い絵のひみつ。』というガイドブックが出ています。

↑これは展覧会の展示作品を中心に、解説やグッズ紹介などが書かれているようです。未読ですが、そのうち読むつもり。

これとは別に、『怖い絵』シリーズという読み物があります。分類としてはエッセイ集になるのかな。ドイツ文学者・西洋文化史家の中野京子さんが書かれたもので、描かれた時代背景やモチーフの持つ役割などから名画を読み解き、そこから作品の持つさまざまな「怖さ」を浮き彫りにしていくという本です。読みやすい文体で、美術解説書としては異例のベストセラーになりました。現在上野の森で連日大行列の「怖い絵」展は、そもそもこのシリーズが基本になっているのです。

私がこのシリーズを読んだのは数年前のことですが、当時Amazonで検索したところ、単行本の他に文庫本がヒットし、文庫の方は表紙は違うし「泣く女篇」とかいうサブタイトルがついているし、これは何がどうなっているのだろうと混乱した記憶があります。文庫本は泣く女性の絵だけを取り出した「よりぬき怖い絵さん」なのか? それとも続編なのか?

まぁとにかく刊行年の古いものから読んでいけば間違いないだろうと思って、単行本(すでに書店には並んでいなかった)を図書館で借りたのでした。その後文庫本を買おうと思いつつすっかり忘れておりまして、展覧会をきっかけにようやく確認しようという気になりました(遅い)。

結論からいうと、文庫本は単行本の「よりぬき」でも「続編」でもありませんでした。単行本の配置を入れ替え、新たに2編ずつ作品を加えて再構成したものです。単行本の『怖い絵』『怖い絵2』『怖い絵3』が、文庫の『怖い絵』『怖い絵 泣く女篇』『怖い絵 死と乙女篇』に、それぞれ対応しています。電子版は文庫本と同じ構成ですが、事情により(著作権の問題でしょうか)収録されていない図版があるようです。

展覧会効果で図書館の本も絶賛貸し出し中になっていますが、何とか「3」の単行本と文庫を借りられたので、中身をささっと確認。全ページ比較したわけではありませんが、いくつか見た感じでは、文章は特に変わっていないですね。図版は少々異なります。

単行本では、表題の作品が横長の場合、見開き2ページにわたって掲載されているため、大きいのは良いのですが「のど」に近い部分が少々見づらいのが気になります。文庫本は横長作品も片面1ページ掲載なので、そのような見づらさはなくなりましたが、そのかわりサイズは小さいです。

文中の参考図版も違いがあります。フュースリ《夢魔》の項には、単行本の方に「作者不詳の革命版画」がありますが、文庫本ではこの図版は省略されています。またゴヤ《マドリッド、一八〇八年五月三日》の項には、ゴヤの連作版画《戦争の惨禍》の作品が掲載されていますが、単行本は3点、文庫本は2点です。数が減っただけ文庫の方が図版が大きくなり見やすくなっていますね。

出版社のサイトとAmazonの「なか見」を参考に、構成の違いを表にまとめてみました。★は文庫で追加された項目、書影とリンク先は向かって右が文庫、左が単行本、中央が電子版です。


『怖い絵』

  

  『怖い絵』(2007) 『怖い絵』(2013 文庫)
1 ドガ 《エトワール、または舞台の踊り子》 ラ・トゥール 《いかさま師》
2 ティントレット 《受胎告知》 ドガ 《エトワール、または舞台の踊り子》
3 ムンク 《思春期》 ティントレット 《受胎告知》
4 クノップフ 《見捨てられた街》 ダヴィッド 《マリー・アントワネット最後の肖像》
5 ブロンツィーノ 《愛の寓意》 ブロンツィーノ 《愛の寓意》
6 ブリューゲル 《絞首台の上のかささぎ》 ブリューゲル 《絞首台の上のかささぎ》
7 ルドン 《キュクロプス》 クノップフ 《見捨てられた街》
8 ボッティチェリ 《ナスタジオ・デリ・オネスティの物語》 ボッティチェリ 《ナスタジオ・デリ・オネスティの物語》
9 ゴヤ 《我が子を喰らうサトゥルヌス》 ホガース 《グラハム家の子どもたち》
10 ジェンティレスキ 《ホロフェルネスの首を斬るユーディト》 ゴヤ 《我が子を喰らうサトゥルヌス》
11 ホルバイン 《ヘンリー八世像》 ベーコン 《ベラスケス〈教皇インノケンティウス十世像〉による習作》
12 ベーコン 《ベラスケス〈教皇インノケンティウス十世像〉による習作》 ジェンティレスキ 《ホロフェルネスの首を斬るユーディト》
13 ホガース 《グラハム家の子どもたち》 ムンク 《思春期》
14 ダヴィッド 《マリー・アントワネット最後の肖像》 ライト・オブ・ダービー 《空気ポンプの実験》★
15 グリューネヴァルト 《イーゼンハイムの祭壇画》 ホルバイン 《ヘンリー八世像》
16 ジョルジョーネ 《老婆の肖像》 ジョルジョーネ 《老婆の肖像》
17 レーピン 《イワン雷帝とその息子》 ルドン 《キュクロプス》
18 コレッジョ 《ガニュメデスの誘拐》 コレッジョ 《ガニュメデスの誘拐》
19 ジェリコー 《メデューズ号の筏》 レーピン 《イワン雷帝とその息子》
20 ラ・トゥール 《いかさま師》 ゴッホ 《自画像》★
21   ジェリコー 《メデューズ号の筏》
22   グリューネヴァルト 《イーゼンハイムの祭壇画》

『怖い絵2』

 

  『怖い絵2』(2008) 『怖い絵 泣く女篇』(2011)
1 レンブラント 《テュルプ博士の解剖学実習》 ドラローシュ 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》
2 ピカソ 《泣く女》 ミレー 《晩鐘》
3 ルーベンス 《パリスの審判》 カレーニョ・デ・ミランダ 《カルロス二世》
4 エッシャー 《相対性》 ベラスケス 《ラス・メニーナス》
5 カレーニョ・デ・ミランダ 《カルロス二世》 エッシャー 《相対性》
6 ベラスケス 《ラス・メニーナス》 ジェラール 《レカミエ夫人の肖像》
7 ハント 《シャロットの乙女》 ブリューゲル 《ベツレヘムの嬰児虐殺》
8 フォンテーヌブロー派の逸名画家 《ガブリエル・デストレとその妹》 ヴェロッキオ 《キリストの洗礼》
9 ベックリン 《死の島》 ビアズリー 《サロメ》
10 ジェラール 《レカミエ夫人の肖像》 ボッティチェリ 《ホロフェルネスの遺体発見》
11 ボッティチェリ 《ホロフェルネスの遺体発見》 ブレイク 《巨大なレッド・ドラゴンと日をまとう女》
12 ブレイク 《巨大なレッド・ドラゴンと日をまとう女》 フォンテーヌブロー派の逸名画家 《ガブリエル・デストレとその妹》
13 カルパッチョ 《聖ゲオルギウスと竜》 ルーベンス 《パリスの審判》
14 ミレー 《晩鐘》 ドレイパー 《オデュッセウスとセイレーン》★
15 ドラローシュ 《レディ・ジェーン・グレイの処刑》 カルパッチョ 《聖ゲオルギウスと滝》
16 ホガース 《精神病院にて》 レンブラント 《テュルプ博士の解剖学実習》
17 ブリューゲル 《ベツレヘムの嬰児虐殺》 ホガース 《精神病院にて》
18 ヴェロッキオ 《キリストの洗礼》 ファン・エイク 《アルノルフィニ夫妻の肖像》
19 ビアズリー 《サロメ》 ハント 《シャロットの乙女》
20 ファン・エイク 《アルノルフィニ夫妻の肖像》 ベックリン 《死の島》
21   メーヘレン 《エマオの晩餐》★
22   ピカソ 《泣く女》

『怖い絵3』

  

  『怖い絵3』(2009) 『怖い絵 死と乙女篇』(2012)
1 ボッティチェリ 《ヴィーナスの誕生》 レーピン 《皇女ソフィア》
2 レーピン 《皇女ソフィア》 ボッティチェリ 《ヴィーナスの誕生》
3 伝レーニ 《ベアトリーチェ・チェンチ》 カバネル 《ヴィーナスの誕生》★
4 ヨルダーンス 《豆の王様》 ベラスケス 《フェリペ・プロスペロ王子》
5 ルーベンス 《メドゥーサの首》 ヨルダーンス 《豆の王様》
6 シーレ 《死と乙女》 レオナルド・ダ・ヴィンチ 《聖アンナと聖母子》
7 伝ブリューゲル 《イカロスの墜落》 ミケランジェロ 《聖家族》
8 ベラスケス 《フェリペ・プロスペロ王子》 セガンティーニ 《悪しき母たち》★
9 ミケランジェロ 《聖家族》 伝レーニ 《ベアトリーチェ・チェンチ》
10 ドラクロワ 《怒れるメディア》 ルーベンス 《メドゥーサの首》
11 ゴヤ 《マドリッド、一八〇八年五月三日》 アンソール 《仮面にかこまれた自画像》
12 レッドグレイヴ 《かわいそうな先生》 フュースリ 《夢魔》
13 レオナルド・ダ・ヴィンチ 《聖アンナと聖母子》 ドラクロワ 《怒れるメディア》
14 フーケ 《ムーランの聖母子》 伝ブリューゲル 《イカロスの墜落》
15 ベックリン 《ケンタウロスの闘い》 レッドグレイヴ 《かわいそうな先生》
16 ホガース 《ジン横丁》 フーケ 《ムーランの聖母子》
17 ゲインズバラ 《アンドリューズ夫妻》 ベックリン 《ケンタウロスの闘い》
18 アミゴーニ 《ファリネッリと友人たち》 アミゴーニ 《ファリネッリと友人たち》
19 アンソール 《仮面にかこまれた自画像》 ホガース 《ジン横丁》
20 フュースリ 《夢魔》 ゲインズバラ 《アンドリューズ夫妻》
21   ゴヤ 《マドリッド、一八〇八年五月三日》
22   シーレ 《死と乙女》

単行本は版元のサイトでは「品切・重版未定」となっているので、今から買うとすると文庫か電子版ということになりますが、文庫本は図版が小さくて見えづらい。たとえば『死と乙女篇』で加筆されたセガンティーニの《悪しき母たち》は、怖そうなのにサイズが小さすぎてイマイチ怖くないように思います。部分拡大図はありますが、全体の文脈の中で見えてこないのですよね。

じゃあ図版を拡大できる電子版の方が良いのかな、と思ったら上記のように未収録の図があり、さらに『泣く女篇』は電子版自体が存在しないようです。この先出る予定はあるのでしょうか。

というところで、何とも中途半端で迷う所です。文庫本を買っておくのがいちばん無難なのかな……ただ現在、本棚の大整理中なので、まずは置く場所を決めないといけないのですが。

さて、中野京子さんは『怖い絵』シリーズの他にも『「怖い絵」で人間を読む』『中野京子と読み解く 名画の謎』やその他多数の著作があります。とても全部は紹介できないので、興味のある方は検索してみてください。

これを Law & Order に例えるならば『怖い絵』三部作が本家、『新 怖い絵』が LA、『「怖い絵」で人間を読む』が Exile、『中野京子と読み解く名画の謎』シリーズが SVU、『名画で読み解く~』シリーズが CI みたいな感じでしょうか。違うかな。TBJ は何だろう。