2018年10~11月に鑑賞した展覧会

投稿者: | 2018-12-19

今年鑑賞した展覧会を振り返るシリーズ、ようやく10~11月まで来ましたよ!

例によって展覧会名がリンクになっている項目は、クリックすると、看板や観賞ノートなどを撮影した Instagram の該当ページに飛びます。


ハピネス~明日の幸せを求めて(名古屋ボストン美術館)

名古屋ボストン美術館、閉館してしまいましたね。何年か前に一度、名古屋に行ったついでに静物画の展覧会を鑑賞したことがありました。閉館のニュースを聞いて、最終展だけは行っておこうと思ったものの、会期の始めはあまりにも暑くて(今年は名古屋で40℃を記録したとか)、結局終了間際に駆け込みになってしまいました。名残を惜しむ人々でチケット売り場は長蛇の列、図録はすでに完売。さようなら名古屋ボストン美術館。2回しか行かなくてごめんね、そしてありがとう。

金魚絵師 深堀隆介展 平成しんちう屋(刈谷市美術館)

名古屋に行ったついでにもう1件、刈谷市で現代アートを見て来ました。透明な樹脂にアクリル絵の具で金魚を立体的に描くという新しい技法です。これまで絵画は「平面である」という1点に突き詰められていくのだと思っていましたが、支持体を透明にすることで立体を立体として描けてしまう(彫刻のような「立体そのもの」ではなく)のですね。発想がすごく斬新なのに、見た目は昔なつかしい金魚の屋台。最先端のレトロ表現?

フェルメール展(上野の森美術館)

説明不要ですかね。メインディッシュは1階展示室の「フェルメール・ルーム」ですが、2階に展示されている他のオランダ絵画も良いですよ。私は捕鯨船を描いた風景画が良いなと思いました。

■ 春日権現験記絵-甦った鎌倉絵巻の名品-(三の丸尚蔵館)

昨年の「春日大社展」や「絵巻マニア列伝」でも展示されていた春日権現験記絵。10年以上かけて行われた大規模な修復の完成記念展示です。無料で入っておいて何ですが、三の丸尚蔵館のスペースだとやはり点数が少なくて物足りない感がどうしてもあります。

横山華山(東京ステーションギャラリー)

「知られざる画家」みたいなうたい文句に「何で?有名でしょ」と思ったのですが、渡辺崋山と間違えていました!渡辺崋山の方なら国宝になっている作品を東博で見たことがありますが、「横山華山」は確かに知りませんでした、すいません。

阿部展也―あくなき越境者(埼玉県立近代美術館)

この画家さんも知りませんでした。キュビスム、シュルレアリスムから始まって抽象的な造形へと、形や素材を変化させていくプロセスが面白かったです。

フィリップス・コレクション展(三菱一号館美術館)

これは内覧会に参加してブログを書きました。

三菱一号館美術館「フィリップス・コレクション展」

ヨルク・シュマイサー 終わりなき旅(町田市立国際版画美術館)

不意に思い立って出かけてみたら、文化の日で入場無料でしたラッキー。日本を含めた世界各地の珍しい物や建築などが描かれた銅版画があって面白かった。驚いたのは余白に「日記」が文字で彫り込まれている所。普通銅板に書きませんよね。

京都 大報恩寺 快慶・定慶のみほとけ(東京国立博物館)

昨年は運慶展がありましたが、今回はその「慶派」に属する快慶と肥後定慶の仏像が展示されました。タイトルは「快慶・定慶」ですが「定慶」という人は複数いたらしく、解説やキャプションには「肥後定慶」と記載されていました。11月に入ってから行ったので、「六観音菩薩像」は光背なしのお姿。

ムンク展(東京都美術館)

ムンクといえば《叫び》で、今回のメインビジュアルもそのバリアントですが、私はそれよりも色使いやモチーフのくり返しといった点に興味を惹かれました。それから、ドイツでの展覧会が途中で打ち切られた「ムンク事件」についても今回初めて知りました。

ピエール・ボナール展(国立新美術館)

昨年、三菱一号館美術館で観賞した「オルセーのナビ派展」で見た作品が多いなぁと思ったら、この展覧会も「オルセー美術館特別企画」だったのですね。どうりで。ナビ派、ポスト印象派、アールヌーヴォーという文脈ではよく顔を出すのに、ボナールばかりをまとめて見たのは、そういえば初めてのような気がします。大作より小品が好きです。

ロシア美術の至宝(東京富士美術館)

森林を描いたシーシキンの風景画や、ロシアの農村の伝統儀式を描いたミャソエードフの作品が良かったですね。副題の「夢、希望、愛」は正直あまりピンとこなかったのですが。むしろ「ロシア近代の苦悩と相克」みたいな印象。

江戸絵画の文雅(出光美術館)

漢文や和歌の「雅」と俳諧や戯作の「俗」が相互に混じり合う江戸時代。「文雅」すなわち文芸に関わる作品群を中心に、文人画、琳派、禅画、浮世絵などを展示。さまざまな分野に渡っていて、これは私が教養に乏しいせいだと思いますが少々散漫に感じられました。