『殺しの迷路』
ロンドン警視庁に異動したキャロルはヨーロッパでの仕事を希望し、ドイツで犯罪組織のボスを相手に囮捜査を行うことになる。トニーはプロファイリングを止めて大学に職を得ていたが、あるきっかけでオランダとドイツで発生した連続殺人事件の捜査に協力する。
- 著者:ヴァル・マクダーミド
- 翻訳:森沢麻里
- 発行:2004-07-21(集英社文庫)
- ISBN:978-4087604689
- 著者:Val McDermid
- 発行:2002-09-16 (HarperCollins Publishers Ltd.)
- ISBN:978-0312290894
本作の舞台はヨーロッパ。キャロルは田舎警察からロンドン警視庁に異動し、ユーロポール(欧州刑事警察機構)で情報分析の仕事をしたいと考えて必死に努力しているが、なぜか畑違いの囮捜査を指示され、ドイツの警察と協力して犯罪組織のボスに接触することになる。その過程で、ドイツとオランダで発生している連続殺人事件について耳にしたキャロルは、分析のためトニーを呼び寄せてはどうかと提案する。
前作で逮捕されたジャッコ・ヴァンスは、シャズ・ボウマンの事件で有罪判決を受けるが、控訴審で逆転無罪。ただし別の殺人(失踪した少女の一人)で新たな証人が現れ、起訴される見込み。この件がどうなっていくかは本作では明かされなかった。このまま小出しにされていくのだろうか。
さて、キャロルの囮捜査は順調に進んでいくが、終盤でとんでもない事態に。
キャロルがレイプされるということは事前に知っていたので、どういう展開でそうなるのだろうと、ちょっと心配しながら読み進めていた。だがその件の描写は割とシンプルだったので、心配したほどの不快感はなかった。ラデツキの心理描写が彼の怒りにある種の正当性を与えていたかもしれない。彼にしてみればキャロルは最愛の恋人を奪った張本人と言ってもよいくらいなのだし(だからレイプして良いとは言っていない)、キャロルにだまされている間の心理描写は、むしろ真摯な愛情を感じさせた。
キャロルがキャロルであるとバレた原因は、あり得ない不注意だと思った。あの夜キャロルはトニーの部屋へ行く前にいったん自宅へ戻っておく必要があったし、トニーはトニーで何でカーテンを閉めないのか。
NCIS(ネイビー犯罪捜査班ではなく英国の犯罪情報局)は重要な事実をキャロルに隠していたかもしれないが、キャロルがトニーを呼び寄せ、物理的に接触していたこと自体も重要な違反ではないだろうか。「ホモ・キラー」もジャッコ・ヴァンスもヨーロッパでは知られていないかもしれないし、今ほどのネット社会ではなかったとはいえ、ちょっと無防備すぎる。
そんなこんなで、キャロルの方ばかり気になってしまったが、トニーの方の心理学者連続殺人事件も無事に解決。国境をまたぐ事件で、ドイツの刑事とキャロルが「違法なことをせずに合同捜査を始める方法」をひねり出す場面など、面白いところがあった。
こちらの方はTVエピソード “Falls the Shadow” の原作になっているが、比べてみるとTV映像の方がビジュアル的に「お行儀が良い」感じ。原作をそのまま映像化したら放送できないかも。
TVエピソードを見たとき、時系列に関して疑問に感じたことがあったのだが、その謎は原作を読んでも解けなかった。こちらの方には心理学者とペアで街娼が殺されるという展開がないので謎もない(事件の後に娼婦を買ってはいるようだが具体的な記述はないし、殺してもいないだろう)。被害者の中にはトニーの知り合いがいたが、トニーが容疑者になるということもなかった。
ところで、前作の記事で書いたように小説の原題とTVエピソードのタイトルがひじょうに紛らわしいのだが、混乱しているのは私だけではないということが、解説により判明。そりゃそうだよ。
2025-05-31