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lao:s05:110_switch

Law & Order - Season 5, Episode 22

#110 Switch

  • 邦題:「私の中の3人」
  • 脚本:Jeremy Littman, Sibyl Gardner
  • 監督:Christopher Misiano
  • 初回放映:1995-05-17

事件概要

People v. Frank Nelson (判事:Ida Boucher)

精神分析医のリリアン・ハンプトン医師が、クリニックで頭部を殴られて死亡する。事件当日、最後のセッションはメーガン・ネルソンという女性だったが、クリニックの所長は「なぜそんなことをするんだ!」と怒鳴る男性の声を聞いていた。

現場に置き忘れられていたジムバッグから、ボビー・ウォーカーという男性が来ていたことがわかるが、自宅に行ってみると、応対したのはメーガン。メーガンは本人の他に「ボビー」と「ナンシー」という人格を抱える多重人格障害(解離性同一性障害)で、ハンプトン医師のもとで人格を統合しようとしていたという。

その後、メーガンの父親のフランク・ネルソンがセッションに同席していたことがわかる。クリニックの所長が聞いた怒鳴り声はフランクのもので、ネルソン家のシンクには被害者と同じ型の血液反応があったため、フランクは逮捕される。

メーガンは父親が同席したことを警察に話していなかった。それを問い質されると「忘れたのだと思う。セッションのことは覚えていない」と混乱したような態度を取る。キンケイドは、ハンプトンの前にメーガンを診察していた医師らに話を聞き、何か父親に関する過去のトラウマがあるらしいということを知る。

マッコイは、メーガンの医療記録を調べるため、彼女が父親のアリバイ造りに加担したとして共同謀議で逮捕する。弁護人が精神疾患を理由に無罪を主張すれば、医療記録を提出せざるを得なくなるからだ。メーガンは医療記録を提出し、その結果、彼女が3歳の時に「父親が母親を階段から突き落とす」場面を目撃していたことがわかる。事実、母親のキャロルは階段から転落死していたが、酔った上での事故死と判断されており、現在は記録も残っていない。ハンプトンはセッションでメーガンの記憶を掘り起こし、その事実をフランクに突きつけていたのだった。

マッコイはメーガンに対し、父親に不利な証言をするよう迫る。だが、そこで突然「ボビー」が出現し「自分がハンプトンを殺した」と明言する。ハンプトンはボビーの人格を消し去ろうとしたので殺したというのだ。だが女性に男性の人格が宿る場合、通常は「保護者」の役割を持つため、オリヴェットは、ボビーはメーガンが証言せずに済むように嘘の告白をしたのではないかと疑う。

マッコイは、妻殺しの事実を暴かれたフランクが医師を殺害したという方針で起訴を進め、弁護側はボビーの証言を求めて対抗。ボビーに証言能力があるかを判断するため、審問が開かれる。医師はボビーの人格が出現するような状況へとメーガンを追い込み、法廷にボビーが出現する。ボビーはハンプトンを殺害した時の様子を話すが、マッコイは現場の状況と食い違うことに気づく。判事もマッコイに同意し、ボビーの証言は阻止される。

これでボビーは現場にいなかったことが明らかになるが、マッコイは逆に「なぜ彼はいなかったのか?」と疑問に思い始める。状況を考えれば、メーガンの保護者であるボビーが出現しないわけがない。

そこで、母親の死に関してメーガンの叔母に事情を聞いてみたところ、彼女は「フランクはキャロルを殺していない」と明言する。事件当日、彼女もネルソン家におり、一部始終を見ていたというのだ。最近になってメーガンは、ハンプトンのクリニックから叔母に電話して事情を聞き、真相を理解して父親に謝ろうとしていたことがわかる。

これでフランクの動機は消える。ボビーは現場にいなかったと証明済み。では誰が殺したのか――マッコイは再びメーガンを呼んで事情を聞く。そして「もう嘘をついてはいけない」と言ったところ、その言葉に反応して「ナンシー」が出現、「ハンプトンは嘘をついた。だから私が殺したのよ」と告白する。


感想

久しぶりに、ひねらないストレートな展開のエピソード。殺されたドクターはお気の毒だけど、メーガン(+ボビー+ナンシー)の処置にはマッコイ側も特に不満は持っていないし、父親のサポートもあるので、正しく罪を償っていけるだろうという印象を与える結末だった。こういうのは、見ていても何だか気が楽だけど、ひねりが少ない反面少々 predictable な印象がなきにしもあらず。

メーガンに「ボビー」と「ナンシー」という別人格があり、ナンシーは「嘘が大嫌い」ということが早い段階からわかっていたのに、ナンシーがなかなか出てこなかったので、ナンシーの自供はもう「それしかないでしょ」というしかない印象。「嘘」というキーワードにピクっと反応して「ナンシー」の顔になっていくところは面白かったのだが、ここはむしろ、ナンシーの存在を曖昧にぼかしておいた方が効果的では?

今回の元ネタは Karisa Santiago の事件だというが、メーガンの描写などは「イブの三つの顔」的な古典的多重人格の描写を思わせる。ビリー・ミリガンの事件はもう知られていたのかな?

判例(詳細は未確認):

  • Barker v. Washburn :証人に精神疾患があっても、宣誓の意味を理解し、正確な供述ができれば証言は可能である

Yoko (yoko221b) 2010-07-04

lao/s05/110_switch.txt · Last modified: 2024-03-09 by 127.0.0.1